インドネシア独立の真実と、支配されたのに日本に感謝するインドネシア国民の声

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     日本はアジアの国に対して、ひどいことをした侵略国家であると思われている方、それは史実と異なります。中国と韓国は反日ですが、東南アジアは違います。歴史の史実を私たちは正しく知り、後世に継いでいく必要があると考えておりまして、今日はインドネシアの独立の歴史を取り上げ、「インドネシア独立の真実と、支配されたのに日本に感謝するインドネシア国民の声」と題して論説します。

     

     過去に私は旅行記で「◆インドネシア視察(ジャカルタとバンドン)」の記事を書きましたが、現在のインドネシアの地図は下記の通りです。

     

    <インドネシアの地図>

    (出典:ヤフー地図)

     

     インドネシアは太平洋戦争が終戦して2日後、1945年8月17日に独立戦争をはじめ、1949年に名実ともに独立を果たすことができました。それまで1942年から、日本が統治していましたが、日本の統治が終わって独立戦争に勝ってから今日に至るまで、インドネシアは「世界一の親日国家」といわれています。

     

     かつて独立戦争を戦ったインドネシアの指揮官は、みんな日本刀を携え、英国とオランダを相手に戦いました。なぜ日本刀を携えていたか?といえば、日本刀を持つと日本精神が乗り移ると信じられていたからです。

     

     そのインドネシアはもともと1600年代から300年以上にわたってオランダの植民地でした。19世紀には田畑の1/5をコーヒーや茶など、オランダ向けの生産物に強制栽培させられ、400万人がタダ同然で働かされました。

     

     その結果、餓死者が続出して平均寿命が35歳にまで下がったとされます。例えばドゥマックという村では、33万6000人いた人口が、1850年には12万人にまで減少。ゴロボガンという村でも、人口が8万9500人から9000人へと約1/10にまで減少しました。

     

     オランダは自分たちが支配しやすくするために、インドネシア人に混血児をたくさん産ませました。バカのままだったら反乱も起こせないだろうという考えから、愚民政策を取り、教育を禁止。20世紀になって世界の批判を受け、やっと3年間の初等教育を実施したものの、学校に通えたインドネシア人は僅か数%でした。また上級学校へ進学するインドネシア人に対しては、オランダ語を強制し、大学を卒業するインドネシア人は年に10人程度しかいなかったのです。

     

     また住民に武力反乱を起こさせないように体育の授業や、団体訓練を禁止。住民の集会すら許しませんでした。独立運動家はニューギニアの島に流刑するか死刑に処しました。

     

     オランダはインドネシア人に対して国旗掲揚・国歌斉唱を禁止し、インドネシア人のほとんどが信仰しているイスラム教を弾圧して逆にキリスト教を広めていきました。

     

     こうしてインドネシア人はオランダの植民地時代を経て、自分たちの文化、信仰を忘れ去り、自国への誇りや独立の気概も失っていきました。

     

     1942年2月、オランダは日本の侵攻を受けますが、たった9日間で全面降伏。オランダはインドネシアから撤退し、日本が投資を始めることになりました。

     

     苛烈な植民地支配を経験したインドネシア住民らは、「白人が日本人になっただけ。一体今度はどんなひどいことをされるのだろうか?」と怯えていたと言われています。

     

     戦後、一般的には「日本はインドネシアにひどいことをした」という言説があり、その言説を振りまく人らは「実際に日本は戦後、インドネシアに最大の援助をしているではないか!」と主張します。

     

     しかしながら文献に残る日本の統治の真の姿は、オランダの統治とはまるで異なります。

     

     国旗掲揚・国歌斉唱を許可し、オランダに拘束されていた民族運動の指導者を自由にし、民族統一に向けた全国遊説も許可。6年間の初等教育を実施して学校に校庭を作り、「独立のためには強くならなければならない」として体育を重視した教育を行いました。

     

     さらに日本はインドネシア人の教師養成のための師範学校を設置。農業、漁業、造船、工業、医学などの専門・訓練学校も設置。1942年からわずか3年半で当時600人しかいなかったエリート層を最終的に10万人にまで育成しました。

     

     また議会を設置してインドネシア人を積極的に高級官僚に登用し、行政能力を培わせました。現地には250を超える言語があって国民同士がバラバラだったものを、日本がインドネシア語を普及させ、新聞やラジオ、映画、学校教育などで広めたことで、インドネシア民族に一体感が生まれるようになったとされています。

     

     オランダによって利益が出て儲かる農産物のコーヒーや茶の強制栽培によって、穀物の生産が縮小し、インドネシアは自給自足ができなくなっていたのですが、稲作農業の指導に力を入れ、食糧自給体制の確立を図りました。

     

     国防においてはインドネシア人に軍事訓練を実施し、日本は初めての軍隊を作りましたが、この軍隊はのちの独立戦争で指導的な役割を果たすことになります。

     

     宗教も信仰の自由を進めて、強制させられたキリスト教信仰を改め、もともとインドネシア人が信仰していたイスラム教を広めました。

     

     こうしたことを日本は僅か3年半の間にすべて行いましたが、このような日本統治時代に、インドネシア人は自分たちの言葉を話し、自分たちの文化に触れ、自国の誇りを培うことで、「自信」を取り戻していったのです。

     

     ところが1945年8月15日、太平洋戦争で日本が敗戦し、日本はインドネシアを去ることになります。

     

     インドネシア人は連合軍が再占領して再び白人支配をすると思っていましたが、数年前1942年の日本統治時代前に白人にやられるがままだったインドネシア人の姿は、そこにはありませんでした。

     

     「日本人がいなくても自分たちで十分に戦える」

     

     すでにインドネシア国民の中には独立意識が高まっていて、終戦から2日後の1945年8月17日には、「独立宣言」が発せられ、インドネシアはオランダと英国を相手にした独立戦争を始めました。

     

     代表的な戦いは、スラバヤ戦争です。1945年10月、英国軍がジャワ島西部の町のスラバヤに上陸。スラバヤ市民は立ち上がり、竹やりを持って連合軍の占領に抵抗しました。

     

     人口の90%がイスラム教徒だったインドネシアの一般市民は、愛する家族のため、愛する祖国のため、死を恐れず「ジハード」と叫んで英国軍に飛び込み、「ジバクジバク(自爆自爆)」と叫んで突撃。死を恐れないスラバヤ市民は、次から次へと英国軍に対して徹底抗戦しました。

     

      当初英国軍は3日もあればスラバヤの街を占領できると思っていたようなのですが、スラバヤ市民の徹底抗戦によって3年もかかり、英国軍が追い出されるまでになりました。

     

     さすがに英国軍も驚いたと思いますが、インドネシア人も自分たちの戦闘能力に驚いたと言われています。

     

     独立できるという自信を取り戻したインドネシア人は1949年、ついに340年も支配された白人を相手に独立戦争を打ち勝ち、名実共に完全に独立を果たすことができました。

     

    <インドネシアの独立記念塔>

    P1015411.JPG

    (出典:2017年12月31日に杉っ子がインドネシアのジャカルタ市内で撮影)

     

     日本がインドネシアを統治したのは、ただの援助目的でやっていたわけではなく、目的はオランダと同じで「自国の利益」のためであることには変わりません。

     

     特に日本にとってインドネシアは東南アジアの中継地点であり、そのため現地には差別もあって厳しい労働をさせられた人々がいたのも事実です。

     

     しかしながら1991年、オランダのアムステルダム市長のエドゥアルト・ヴァン・ティン氏は、戦後の日本の統治に対して次のような演説をしています。

    貴方がた日本は、先の大戦で負けて、勝った私どもオランダは勝って大敗しました。

    今、日本は世界一、二位を争う経済大国になりました。 私たちオランダはその間屈辱の連続でした。 勝ったはずなのに、世界一の貧乏国になりました。

    戦前のオランダは、アジアに本国の36倍もの大きな植民地インドネシアがあり、石油等の資源産物で本国は栄躍栄華を極めていました。

    今のオランダは日本の九州と同じ広さの本国丈となりました。

    あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分をさげすみ、ペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。

    あなた方こそ自らの血を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。

    何故ならあなたの国の人々は、過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、或いは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているが、ここで歴史をふり返って、真相を見つめる必要があるでしょう。

    本当は私共白人が悪いのです。

    百年も三百年も前から競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。

    植民地や属領にされて長い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想をかかげて、大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。

     本当に悪いのは侵略して権力を振っていた西欧人の方です。

     日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。 即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わりました。 その結果アジア諸民族は各々独立を達成しました。

     日本の功績は偉大です。 血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。

    自分を蔑むのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです。

     

     上記の演説について、皆さんはどうお感じになるでしょうか?

     

     インドネシアだけではなく、台湾や朝鮮や満州でも、日本はとても立派な統治をしていたこと、日本は本気でアジアの国々の独立を願い、その土地の民族の誇りを奮い立たせることで、独立の支援をしたという事実がわかってきます。

     

     欧米も日本も目的は「自国の利益」でしたが、なぜ日本は欧米と異なり、獲得した領土を植民地として扱い、資源やお金を搾取せず、むしろ統治した国を独立させようとした理由は何なのでしょうか?

     

     その違いを読み解くカギとして一つ例をいえば、日本には資源がなかったことがあげられます。

     

     石油、LNGガス、ゴム、タングステン、ニッケル、錫、銅、鉄鉱石、ボーキサイト、石炭など、欲しい物資が東南アジアでは溢れていました。

     

     東南アジアにいた日本人は、日本の本土が米軍の爆撃で焼け野原と化していることは伝わっており、日本に残した愛する家族と祖国日本が立ち直るためには、東南アジアと良い関係を持って、継続的に資源を融通してもらえるようにしておくことが不可欠だと思っていたのではないでしょうか?

     

     であるがゆえに私たち日本人の先祖は、統治した国々は他国に依存することなく、自立するよう支援をしたのでは?と考えられるのです。

     

     とにかく祖国にいる自分の愛する家族、同胞が生きていくためには、東南アジア諸国の独立が最善の道であるというのが、当時の日本人全員の思いだったのではと考えられます。

     

     このような日本人の一般の感情という視点があれば、日本が他国を統治する際に、一方的に搾取して支配をする必要はなく、むしろ独立を支援して促した方が国益につながると考えたのでは?と理解できます。

     

     

     というわけで今日は「インドネシア独立の真実と、支配されたのに日本に感謝するインドネシア国民の声」と題して論説しました。

     日本は戦後の東京裁判史観に染まり、日本の統治を評価する声がかき消され、反日を声高に叫ぶ中国と韓国の話ばかりを取り上げ、現代に生きる日本人は日本民族の本来の思想や感情を忘れつつあると思います。

     このままでは日本が他国を侵略して虐殺を繰り返したという歪んだ間違った知識だけが残り、「自分さえよければ相手を痛めつけても何をしてもよい」という価値観が蔓延して、かつての素晴らしく尊敬された日本人の精神性が失われて行ってしまうことでしょう。

     このままでは私たちの将来世代では、完全にそうした精神性が失われ、植民地からただ搾取したり、歴史を捻じ曲げて反日を叫ぶ中国や韓国と何ら変わらない状態になるかもしれません。

     私たちの先祖が脈々とタスキをつなげ続けてくれた世界最古の日本民族の心の誇りを、今生きる現代の人々が途切れさせてしまっていいのでしょうか?

     戦後70年間に作られた狭い歴史観に縛られるのは辞め、温和で要調整が高いと言われる日本人がなぜ戦争に突き進まざるを得なかったのか?誇り高き日本人の思想・感情・精神の源を知って、誤解された私たち祖先の誇りを取り戻し、私たちは受け継いでいくべきであろうと改めて思うのです。

     

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